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た金をねらうようになったのです。

 彼の拵えた暗号と云うのは、彼が懲役中に、府下某地の製紙会社に紙漉かみすきの労働に従事した事がありましたが――同盟罷工を破るために会社側が政府を動かして、そんな事をしたのかも知れませぬ――その時に、彼はかねてから外部のものに、文通する機会を覘っていたものですから、自分のいた模造紙に暗号の文字を透かし入れたのでした。

 ところが、その模造紙は旨く乾分こぶんの手に這入らず、そのまま他の紙と一聯になったまま、紙商の手に這入ってしまったのです。私は苦心して、それからそれへとその紙の行方を探りましたが、この頃になって、ようやくそれが原稿料を入れる袋に貼られて、卓聞堂に納められたと云うことを知ったのです。

 それで私は部下を督励して、卓聞堂へ納められた袋を盗ませようとしましたが、その時既に袋の一部にはそれぞれ原稿料を入れて、寄稿家の手に渡った後だったので、私達は又その一人一人について、手を廻さねばならなかったのです。

 昨夜、部下の一人があなたの手に一つの袋が渡された事を知って、カフェ・コルネリアまで追跡しました。あなたは多分口論かなんかしていた私の部下をお認めになった筈だと思います。

 それから部下は申し上げる迄もなく、あなたのお伴をして浅草まで参りました。

 部下の話しでは、あなたはひどく酔って、しどろもどろの足取で、あてもなく歩き廻られるので、随分困ったと云います。何でもあなたは浅草公園の裏を、何回となくグルグル廻られたと云う事です。

 もとよりあなたに喧嘩でも吹きかけて、袋をる事は出来たかも知れませんが、私は後の事を考えて出来るたけ巧妙に対手に気づかれないように袋だけ奪るように云いつけてありましたので、部下もちょっと手が出せなかったのでした。

 或る四角の所で、あなたは急に振り向いて、ステッキを振り上げながら、ひどい剣幕で呶鳴られたそうですね。追跡した部下は驚いて、家の間の狭い路地に身を潜めていたのですが、その暇にあなたはいつの間にやら姿を消してしまったそうですね。

 部下は驚いて、あわてて探し廻りましたが、思いがけなくもあなたが、私の隠家の一つにしてある家に這入ったらしいので、彼は吃驚しました。

 彼はあなたが名高い探偵小説家であると云う事はよく知らなかったのでしたが、何か私に用でもあって来たのではないかと思って、家の中に這入る事をわざと遠慮していました。

 偶然に帰って来た私は、部下から以上の報告を聞いて、不思議に思いながら、二階へ上って見ると、あなたが血に染まった短刀を握って、女の惨たらしい屍体の前に立っておられると云う驚くべき場面を見たのでした。私はとにかくあなたを救わねばならぬと思って、隣りの私の本当の隠家に連れて来たのです。

 ところがだんだん話しを聞いて見ると、女を殺したのは別にあるらしい。私はふと思い当りました。由利の所為に相違ない。由利はかねがね裏切った情婦に復讐すると云っていたし、死んでいた女がどうやら噂に聞いた彼の情婦に似ている。

 彼がどうして私の隠家へ女を連れ込んだか。私の隠家と知ってか知らずか。私は多分彼が私の隠家と知って、かねがね仲違いをしていた私に鼻を明かさせる目的だったのではないかと思います。彼があなたを呼び込んだのは、一つには女を殺す場面を見せて、一種の快感を味わうと云う変態心理と一つには女の潔よい最期を見せたいと云うのだったでしょう。