フワリと
即ち、書斎内の革張りの椅子に誰かが腰を下すと、忽ち電流が発声フィルム装置に伝わる。それと同時に暗室内にはパッと電燈がつき、同時にフィルムが廻転を始める。かくて装置は活動を開始し、暗室の外部に少しも目立たないように開いているマイクロホンから、書斎内で喋る言葉が内部に伝わり、音響は電流と化し、電流はその強弱に応じて、電燈を明滅せしめて、フィルム上に明喑を生ぜしめるのである。
こう云う風に述べると
最後に博士が完全に二人の会話の這入ったフィルムを得た時には、彼がどんなに喜悦したか
さてかくの如くして得たフィルムにはどんな会話が吹込まれていたか。このフィルムは後に井川博士が証拠隠滅の目的で焼棄してしまったので、正確な所は分らない。しかし、博士自身の記述した所と、博士に利用せられて、このフィルムの発声を聞いた人間の話を綜合して見ると、
――先生は相変らずうるさい事を云って迫りますか。
――ええ。
――でも、あなたは先生を愛しているんでしょう。
――いいえ、ちっとも。
――奥さん、近頃あなたも旨くなりましたね。そんな心にもない事を云って、私を喜ばそうとお思いになるのですか。
――そう云う風にお取りになるなら、お取り下すっても構いませんわ。あなたは私の心持をよく御存じの癖に。
――それが少しも分らないのですよ。例えばですね、あなたはもし私とこうやっている所を先生に見つかったら、どんな事になるとお思いですか。
――それは覚悟していますわ。
――それだけの覚悟があるなら、あなたは何故私の……(聴取れず)……しないんですか。
――(聴取れず)……男の方ってみんなそんなものなんでしょうかね。
――あたり前ですよ。それが男なんですから。
――(やや久しき間) あなた私を疑っていらっしゃるんですね。
――ええ、多少はね。