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の画さえ、名もない百姓家の物置に放り込まれていた事がある位であるから、松坂の探し出したうちにも稀には逸品がある事もないではなかったので、彼は益々乗気になって買求めて、今までは彼のコレクションも相当の数に達し、どこへ出しても恥かしくない名品も二三は交󠄁ママっていたのだった。

 こう云う有様だったから、今彼がニウルンベルクの料理店の窓から、隣家の貧しそうな家に掛っている古ぼけた油絵に眼を光らしたのも、決して不思議ではなかった。いや、不思議どころではない、今度の彼の旅行は全くこうした目的のためだったので、現に彼はミュンヘンで、かなり多くの古画を買ったので、ニウルンベルクは人も知る一代の巨匠アルブレヒト・ヂウラーが、十五世紀から十六世紀にかけて、遙かにイタリー文芸復興期の名匠と拮抗して下らず、ドイツ画壇に燦然として光輝を放っていた所であり、彼の画塾に集る者も甚だ多かったから、現在ではヂウラーの作は殆ど散逸して、ウイーン、ミュンヘン、ベルリンの美術館に納められて、かえってニウルンベルクには余り見られない有様だけれども、何かしら掘出しものがあるに違いないと、確信していた矢先だったので、はからずも、古い画を見つけた彼はもう有頂天になっていたのだった。

 松坂は早々に払いを済ますと、直ぐに裏に廻って、青白い顔をした少女の家を叩いて、古い油絵を見せてくれるように頼んだ。

 少女といりママかわりに少女の母らしい、見すぼらしいなりはしているが、どこか気品のある女が出て来て、怪訝そうに松坂の顔を見たが、こうした交渉には彼は大分馴れていたので、彼は間もなく彼女に取入って、どうやら油絵を見せて貰える事になった。

 油絵を一目見ると、彼はもうすっかり惚れ込んでしまった。絵は一度洗って見なければ何が描かれているのか分らぬ程汚れて、頑丈な額縁も真黒に煤けていたが、どうやら四使徒の一人が描かれているらしく、筆触もヂウラーか、余程ヂウラーに近い画家のもののように思えるのだった。

「私は日本人で、こう云う古い絵に深い趣味を持っているものだが、この絵を譲って貰えないだろうか」

 松坂は主婦に向って単刀直入に切出して、彼女に取ってはかなり莫大な金額を提供した。

「これは先祖から伝っているものだで」主婦はちょっと当惑したような顔をしたが、結局金の誘惑には勝てなかった。「でもなあ、この絵もそう云う好きな人の手に這入って、大切にして貰ったら、しあわせじゃわな。ミッチェン」

 彼女は青白い顔をした少女を振向きながら優しく呼びかけたが、急に早口になって、彼女が早く夫に死別した事、長男と次男とを戦争のために死なした事、戦後の革命騒ぎですっかり無一文になってしまった事などを、涙まじりに松坂に訴え始めた。彼女はつまりそうした哀れな話によって、先祖伝来のものを異国人に売り渡すと云う事について、彼女の良心を欺こうとしているのに相違なかった。

 松坂は好い加減に彼女をあしらいながら、とうとう彼のつけた値で、その古ぼけた画を買取る事に成功した。

 画がいよいよ運び出されようとする時に、主婦は画の前にひざまづいて、熱心に何事かを祈り出した。しかし、松坂から金を受取った時には、流石に喜びの色が顔に溢れていた。

 松坂も嬉しさを嚙み殺しながら、荷造された画をベルリンの彼の下宿に送り届けさせるべく、町の運送屋を指図した。彼はこの時に、後年この画のために、日本で奇妙な事件を惹き起そうなどとは、無論、夢にも考えていなかった。

 その夜彼はニウルンベルクの一室で、今日の思わぬ収獲を喜びながら、快い眠りについていた。