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ニウルンベルクの名画



 ニウルンベルクの古城内で、有名な様々の拷問道具を見物して、少し憂鬱になった松坂鶴輔つるすけは、城外に出るとわざと貸馬車ドロシユケに乗らないで、ベデカー案内書の地図を頼りに、市中の方へ歩いて行った。もう午後の一時過ぎだったので、彼は適当なレストラントを見つけて昼食をつもりだった。日本ならば陽春四月と云う時を、ここでは空は毎日のように一面に灰色の密雲におおわれて、陰鬱な町を一層陰鬱にしていた。

 ニウルンベルクはベルリンの南、急行列車で十時間行程に当り、ミュンヘンの少し手前にある南ドイツ有数の都会で、人口三十三万と称するのだが、中世紀都市の姿をそのまま残し伝えている事、他に比類なしと云われているだけに、すこぶる古めかしい町で、周囲には高い灰色の城壁を廻らし、城門には傾きかかった円形の塔が聳え、不規則な多角形をした古色蒼然とした建物の間には、凸凹でこぼこした石を一面に敷詰めた苔の生えたような路がうねっていた。

 さて、松坂はこの異国人フレムデに取って余りに不規則な古代都市の道路を、覚束おぼつかなくも地図を頼りに進んで行ったのだが、道は或時は広く或時は狭く、又どうかすると先の方が急に広くなって、行止りの袋広場になったりした。そんな所で、まごまごしていると、汚い青物の籠を腕に抱えた意地の悪そうな老婆にジロジロ睨まれて、冷汗を搔きながらあわてて元の路に引返えママしたりしなければならなかった。

 そのうちに彼は狭苦しい横丁の突当りとも通抜けられるともつかない所に、軒の傾いた古いうちにも特別に古い家があって、その二階の壁にそのなかば以上を占領する大きな広告板が掲げてあるのが眼についた。それには別に絵はなく、ただ文字だけだったが、読んで見ると、数世紀間連綿として続いているレストラントで、世に有名なものであると、誇らしげに書かれていたのだった。恰度ちようど昼食をしたいと思っていた所だったので、彼は何の気なしにドアに手をかけた。が、中を覗き込んだ瞬間に彼はすっかり後悔してしまった。

 もしこの料理店が誇り得べき何ものかを持っているとしたら、それは数百年と云う古さだけだった。内部なかは陰気臭い土間で、高々たかだか四五人の人が肩を並べ得る位の広さだったし、卓子テーブルの板は半分は腐って いるようで、椅子もまた卓子に対して、恥かしくないだけの年代を経たものらしく、すべての事情が彼を躊躇させるように出来ていた。もしこれが夜だったら、他に客でもいたかしたら、彼はそのまま立去ったかも知れなかったが、昼間である事が彼を勇気づけたし、好ましくない相客のいない事が彼に安心を与えて、それにこうした古い店では案外洒落しやれたものを食わせるかも知れないと云う好奇心も手伝って、彼は思切って中へ這入はいったのだった。

 しかし、彼は直ぐに後悔した。期待した料理はくありふれたもので、しかも大して旨くもなかったし、それに彼が椅子に腰を下すと、間もなく風体の余り好くない客が二人這入って来て、頗る無遠慮に振舞い出したので、彼はすっかり不愉快になってしまったのだった。