Page:KōgaSaburō-A Doll-Tōhō-1956.djvu/4

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淋しい所になり、且つ蓑島のような俸給生活者は、こゝを通りぬけて、一段低いゴミした小さな家の立竝んでいる所に、追いやられねばならなかつた。簑島はこゝに移つた初め通勤の度に、この宏壮な家の竝んだ一劃を通ると、何となく不愉快な圧迫を受けて、時には態と廻り道をしたりしたのだつたが、いつの間にか馴れて終つて、何とも思わなくなつた許りか、通り過ぎる道の両側に住んでいる知名の人の名を覚えて、反つてそう云う人達が住んでいる事を、誇らしげに他の人に語つたりするようになつていた。

 さて、蓑島は馴れた道とて、暗闇の中をマゴつきもせず、愛妻が待ち佗びていると云う気懸りと、今夜に限つて襟元が、冷く何者かに憑かれるような無気味な感じがするので、一心に足を急がしていたのだつたが、変に道程が遠く感ぜられて、中々この淋しい一角が通り抜けられないのだつた。

「ちよつ、どうしたと云うのだ。こんなに急いでいるのに、いつまでもこの道が続いているのは可笑しいぞ」

 とこう彼が思わず呟いた時、不意に前方にパンと云う銃声のようなものが響いたので、彼は飛上る程ぎよつとした。

「あゝ驚いた。自動車がパンクしたのかしら」

 怪しい音は一度きりで止んだので、蓑島は漸く気を静めて、一旦止めかけた足を又󠄂元通りに早めながら、真直ぐ進んで行つた。

 と、行手の道の真中に黒いものが横たわつていた。

「あつ」

 蓑島は忽ち足を止めて、同時に腫を返えママそうとしたが、然し、流石に逃げ出しもならず、恐々前の方をすかし見た。黒いものはどうやら人が倒れているらしかつた。

「酔漢かしら」

 酔漢が往来の真中に倒れている事はよくある事だし、それにヒク動いているようだつたので、彼はいくらか安心しながら、ソロと近づいて行つた。

 と、不意に倒れていた男が、呻くとも呟くともつかず、異様な上ずつた声で切々に喘ぐように云つた。

「人形――眼の動く人形――」

 そうして、手足を苦しげに二三回動かしたかと思うと、ガックリと頭をうな垂れて、じつと