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第一話 眼の動く人形



 空模様が怪しかつたのと、四月の初めにも似合わない薄寒い風が吹いていたのとで十一時には未だ少し間があろうと云う時だつたが、もう人通りはすつかり杜絶えていた。別壮ママ風の大きな家の立竝んでいる所で、平生から物淋しい道だつたが、今夜はそれが一層薄暗いように思われて、変に追駈けられるような気持になりながら、簑島は二三日前に新調したばかりの春外套スプリングコートの襟を立てゝ、足早に我家の方に急いだ。今日は不意に起つた社用の為に、無断でこんなに遅くなつて終つたので、只一人留守居をしている彼の若い妻が、心配しながら待ち佗びているに相違ない事が、彼の足を一層早めさせたのだつた。

 ここは、郊外と云つても市街に直ぐ続いた便利な所だつたが、電車の停留場の附近の日当りの好い高台だけは、すつかりブルジョア階級の人達に占領されていた。その為にこの辺一带は