Page:KōgaSabrō-The Crime in Green-Kokusho-1994.djvu/16

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「御親切有難う存じます。ですけれども、私はもう何も聞きたくありません」

「君が聞きたくなくっても、わしはわざわざここまで来たんだから、話さぬ訳には行かぬ。まあ、その腐った椅子にでも掛け給え。わしは勝手に喋るから」

「――」

 私は他ならぬ手命令いいつけには背く事が出来ず、不承々々以前の椅子に腰を下しました。

「他の事でもない、三年前の事だが」手は話し出しました。「あの夜、鳥沢がどう云う訳で君を呼留めたか知っているかね」

「存じません」

 三年前の事を聞くのは苦痛でした。私は心の動揺を押し隠しながら、答えました。

「そうだろう、君は知る筈がない。わしはふとした事で知ったのだが、鳥沢は昔独逸のグリウネワルドと云う地方で経験した事をそのまま君に適用したのじゃ。と云うのは彼は当時君のような青年で、あの夜の君同様、饑餓と酷寒とでへトへトになりながら、深い森の中を漂浪していたのだ。するとね、彼を不意に呼留めた一人の異様な老人があった。

「その老人と云うのが、やはり若い時に諸国を流浪した経験のある男で、鳥沢を森の中の自分の家に連れて行き、温い食物を振舞い、温い臥床ふしどを与えたのじゃ。

「ところが、その老人と云うのはどう云う素性の人間か分らないが、その森の中の一軒家で数え切れないような財宝を貯えていたらしい。それを鳥沢はそっくり貰ったのじゃ。いや、或いは盗んだのかも知れぬ。とにかく、その森を出て来た時には鳥沢は見違えるような元気になり、その年にはサロンに出品して一躍画才を認められるようになり、瞬く暇に富豪になった。しかし、彼は画で金を作ったのではなく全く森の中の老人の財宝のためなのじゃ。彼がそれをどう云う方法で手にいれたかは前に云う通り分らぬが、彼が帰朝後始終何者かを恐れる風だった事や、宏壮な家を作って、緑林荘などと云う盗賊に縁のある名をつけた事は、或いはグリウネワルドをしのつもりかも知れぬが、その間の消息が解せないでもない。

「で、あの晚の事だが、彼は自分の財産の後継者を求めるために、ああして真夜中にあんな所にいたのじゃ。彼は彼自身がグリウネワルドの森の老人から授けられたのと同じ方法で、自分の財産の後継者がママ見つけたかったのだ。彼は饑餓と疲労で斃れかかっている漂浪の青年を探し求めていたのだった。それへ君が、恰度行き当ったと云う訳だ。彼は喜んで君を家に連れて行き、君に謎のような言葉を残して、自殺をしたのだ」

「え、え」私は飛上りました。「じ、自殺ですって」

「そうじゃ、彼は生きている事を欲しない事情があって自殺をしたのだよ」

「では、誰かが自殺を助けたのですか」

「いいや、彼一人で死んだよ」

「そんな筈はない。そんな筈はない。短刀は確かに背中に突き刺っていた!」

「ハハハハ、奴はレオナルド・ダ・ヴィンチのような天才じゃ。奴は恐るべき自殺の方法を発明したのじゃ。彼は汽車の自働ママ聯結機と反対の作用をする機械を製作した。自働聯結機は衝撃を与えると、機械がガチンとそのものを嚙む働きをするものだが、彼は逆に、初め短刀を嚙まして置いて、これに衝撃を与えると、くわえていた短刀を放すと云う機械を作った。彼は短刀を咥えて立っている機械に背中を向けて、力を籠めて衝突した。背中にグサと短刀が突刺さると共に、機械は短刀を放す、彼は背