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Page:Issennen no rekishi wo tsukuran.pdf/31

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ドは他の少數民族等も亦これに劣らぬ悲痛な運命を忍ばねばならなかつたのである。同年八月に入つてから、全權委任の形式で與へられたイギリスの保證のために、ポーランドの態度が益々强硬となつて來たのに鑑み、ドイツ國政府は、これを最後の機會として、一個の提案を行ふことに決し、この提案に基いてポーランドと交涉に入る用意を有し且つその旨を當時のイギリス大使に口頭で通吿したのであつた。余はこれらの提案を今日こゝで記憶から呼び起し、再び諸君の注意を喚起したい。

ポーランド問題に對する獨逸の提案とその眞相

 その時の提案といふのはダンチツヒ廻廊問題並びに獨波兩國に於ける少數民族問題の調整に關するものであつた。當時ドイツ、ポーランド間の情勢は頗る緊迫してゐて、正に一觸即發の狀態にあつたものといふことが出來る。そこで、如何なる平和的解決と雖も、それがすぐ次の機會に斯かる狀態の原因となるが如き諸事態を發生せし