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緒  言

 胡馬は北風にいななき越鳥は南杖に巣くふ。磁針が絶えず北を指すやうに人の本然の心もまた常に故郷へ/\と向つて居る。世に故郷ほどなつかしき戀しきものはあるまい。花につれ喜びにつけ思い出さるるは故郷のことである。故郷は何故かにかくの如きか、思ふに郷土は我等を生み、我等をはぐくみ成長せしめた最もなつかしき存在であり、他に求め難いありがたい地であるといふだけのものではない。

 思ふに、郷土は我らの生れざる悠久の昔、幾多我等祖先を生み續け、それらの人々が次代の子孫のために孜々營々として努力や開發を續け來り今日に及んだところのものである。かく考へ來ればかしこの鎮守の森、こゝの囁く小川苟も一草一木と雖も無言の建物、無言の墓碑であつて、凡てこれ祖先累代の霊の籠つたところのもんもであり、同時に我等の幼い時からの魂の呼び醒まされたるところに外ならないのである。

 かく考へ來れば、我々は常に郷土の歴史を追懐し、過去の姿を凝視し、現在の立場をよく了解しなければならぬ。過去と現在と未來とは密接なる聯鎖をなす。現在の立場をよく知らんとせばその根ざした過去の姿をよく知らねばならぬ。それがよく分りはじめて未來の發展に力を盡し得ることとなる。郷土は則ち過去の記憶と想像とを以て建立さ