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「セルブ・クロアート・スロヴエーヌ」王國建國史

(在佛外務省在外硏究員  寺崎太郞 報吿)


第一 緖論――民族、領土、人文

「セルブ・クロアート・スロヴエーヌ」王國ハ舊墺洪國の壞滅ニ當リ「ハプスブルグ」家ニ屬セシ「ユーゴー・スラヴ」地方ト塞比亞及ヒ黑山二王國トノ合倂ヨリ成リ千九百十九年十月十日ノ「サンゼルマン」條約及千九百二十年六月四日ノ「トリアノン」條約ニ依リテ其國際的地位ヲ確立シタリ

「ユーゴー・スラヴ」又ハ南「スラヴ」ノ語ハ十九世紀後半ニ其語源ヲ發シ主トシテ政治上ノ理由ヨリ「ブルガリア」人ヲ除外シテ「セルヴ」「クロアート」及「スロヴエーヌ」人ヲ總稱スルカ通說ノ如シ(Frauo Coiètisa, Les Yougoslaves, II ème édit. P.15 et suiv.)

「ユーゴー・スラヴ」ノ人口ハ千四百萬以上ニ上リ居レルカ其領土內ニ於ケル人口分布狀態ハ次ノ如シ