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を望み。木幡山。伏見の里。鳥羽。羽束師をみる。勝地は主なければ。こゝろを慰むるに障なし。あゆみ煩なく志遠く至る時は。是より峯つゞき。すみ山を越笠取を過て。或岩間にまうで或石山をおがむ。[またイ]もしは粟津の原を分[つゝイ]。蟬丸翁が跡をとぶら[ふイ]。田上川を渡て猿丸大夫が墓をたづぬ。歸るさには。折につけつゝ櫻をかり。紅葉をもとめ。蕨を折。木のみをひろひて。且は佛に奉り。且は家づとにす。もし夜しづかなれば。窓の月に古人をしのび。猿の聲に袖をうるほす。草むらの螢は遠く眞木の嶋のかゞり火にまがひ。曉の雨はをのづから木葉吹嵐に似たり。山鳥のほろ[ほろイ]と鳴を聞ても。父か母かと疑ひ。峯のかせぎのちかく馴たるにつけても。世にとをざかる程をしる。或は[またイ]埋火をかきおこして。老のね覺の友とす。おそろしき山ならね[ばイ]。ふくろうの聲をあはれむにつけても。山中の景氣折につけて[もイ]盡る事なし。いはむやふかく思ひ。深くし[らるイ]覽人のためには。是にしもかぎるべからす。大かた此ところに住初し時は。白地とおもひしかど。今すでに五とせを經たり。假の庵もやゝふるやとなりて。軒にはくちばふかく。土居に苔むせり。をのづから事の便に都を問ば。此山に籠ゐて後やむごとなき人のかくれ給へるもあまたきこゆ。まして數ならぬたぐひ。盡して是をしるべからず。たびの炎上にほろびたる家又いくそばくぞ。たゞかりの庵のみ。のどけくして恐なし。程せばしといへども。夜ふす床あり。晝居る座あり。一身をやどすに不足なし。が[むイ]なはちいさきかひをこのむ。是よく[事イ]をし[れイ]るによてなり。みさごは荒磯にゐる。則人をおそるゝがゆへ[によりてイ]也。我又かくのごとし。身をしり世をしれらば。願はず