Page:Gunshoruiju27.djvu/189

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更に我身といふ物を思ふ事はあるべからず。ひとへに國のため民のために心をくだき。をのれを忘れ人を助る也。またしたしきによりてあしき事をはゞかることもなく。うときによりてよきことをかくすことも有まじき也。たゞ道理といふことひとつを。いさゝかの偏頗もなくをこなひて。世をしづめ人をめぐむより外のことは更にあるべからず。君をあがめ。親をうやまひ。兄弟のみちをたがへず。朋友の禮をみだらず。よきをえらび。あしきをすて。忠あるものを賞し。科有ものを罪するも。みなその分際にたがふまじき也。名利をこのまず。財寶をおもくせず。もとより國のたからは賢人君子也。金玉の類を翫事なし。かやうならん人は賢者とも君子ともいはれ侍るべきにや。これほどの事も今の世には返々有まじければ。たゞよのつねの人のちと佛神をも心がけ。國をも民をも助け。さのみ我身をさきとせず。賄賂獻芹にふけらず。萬のことに道理といふことをさきとして私なからんぞ。今の世には返々よき人とも申べき。大方三皇の代に至極わろき人と申は。中古はよき人になり。中古にわろき人といはれたるは。末の世には又よき人にてあるべしと唐の文にもみえたり。かやうにのみなりゆかば。此比の人はいかにかなりゆかむとおぼえ侍れども。政よくて國のおこる時は又すべて昔にもたちをよぶことの有べき也。五百年に一たび聖人は出侍るとかや申せば。あはれ其時にあひ侍らばやとぞ覺る。又才學いみじくて。から大和のことを知たる人も。それによりて心のよき事は有まじき也。たとひなにもしらぬ人にてありとも。をのづから道理をしりたらんぞ學文したる人とは申侍べき。いかに才學ありとも道理