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き廻󠄀らうといふのである。犬車の屋臺には二人は寢られる。その內にもう一臺作れば四人は住󠄁居に心配することなく日本中步けるといふもんだ。家々で犬車をとめて、幾日でも頑張つて居れば貰ひぱぐれはないさ、どうだい頭は生きてゐるうち使󠄁ふもんだ、素晴󠄁らしいぜ、健坊も行くだらう、とボスは得意だつた。あんまり素晴󠄁らしくもなさそうだが、一人きりでこゝに殘つてゐるのも物憂く、その に好奇心さえ湧いて、彼は行かうと返󠄁事をした。彼はその晩、あの古財布の魔󠄁術󠄁はいつたいどこまで俺を引つぱつて行かうといふんだ、と、犬車の を色々と考へて見た。

 ボスとヤツコは翌󠄁朝󠄁犬車の仕度に行くといつて出掛けた。オヒメにも今夜 に出るのだからと云ひ殘して行つた。なる程󠄁こゝの布團や世帶道󠄁具󠄁をも盜み出し、オヒメをも連󠄁れ出すのだから、夜出發するのだな、と健治は思つた。そして、いよ奇妙な が始まるのかと思ふと、初めに考へた程󠄁吞氣な好奇心どころか、意氣地もなく不安な氣がしてならなかつた。さうして犬車の が流れ流れてその果はどうなるのか、彼は恐ろしくさへなつた。恨めしい古財布の幻が目に浮󠄁んだ。さうして彼に時間は過󠄁ぎて行つた。 立つ夜が迫󠄁つた。夕方になつて尚󠄁も一心に考へ惑つてゐた健治は、思ひがけなく又󠄂古財布に化󠄁かされるのかと思ふやうな所󠄁長からの入所󠄁通󠄁知を受けたのである。併し落着いて數へて見れば五十二日目である。彼はボスにもヤツコにも逢はず、オヒメにも知らさず、その夕方急󠄁いで街へ出ると、その夜の終󠄁列車を待つて療養所󠄁へ向つたのである。