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さんは淚を出していた。ところが所󠄁長の答へはかうである。否や、否や、それは惡業でも何でもないのですよ、あなたが迂闊だつたからのことですよ、癩病のあなたが育てた子供ですからね、その子供が三人とも傳染したつて少しも不思議どころか、當然と云へることですよ。健治はその時の所󠄁長の言葉にはたしかに心を衝たれたのだ。然るにその後で親爺󠄁さんの話は、どこをどううろついてゐたのか、家を出て六年程󠄁たつたつい先頃二人の娘から、療養所󠄁へ入つた、お父󠄁樣もそんなにしてゐないでいゝ所󠄁だからすぐ來い、と云ふりがあつたと云ふのである。それで親子は相談の結果、家をたたんでやつて來たのだ。と云つて、あの古財布の魔󠄁物が飛び出した譯である。何と云ふへまだ、このまゝ家に歸つたら、……と健治はいさぎよく私には家がありますと云つた、その家にゐる幼ない弟や妹の事を考へたのである。

 とんでもない人情󠄁だ、あの人情󠄁が弟や、妹を皆癩病にしてしまふといふ譯だ。こいつはうつかり家へは歸れないぞ。彼は人情󠄁を煽られたあの古財布が恨めしかつた。

 健治はそんな事をすいぶん長い間考へてゐたのである。事件と云ふのはそんな最中に起つたのである。汽車が小さい驛をき拔ける樣に幾度も幾度も通󠄁り拔けては、大きな驛へ二度許り停車した後のことである。彼は前󠄁に立つた黑い影を感じた。彼は初めそれを古財布の惡魔󠄁がここまでついて來たのかと思つた。がすぐに氣が付いて仰天した。どうしたと云ふのだ。彼があれ程󠄁大事に仕舞ひ込んでおいた左手が、彼が夢中で考へ込んでゐる內にいつの間にか拔け出して、その淺間しいグロテスクな萎びた姿を、恥ぢらひもなく、膝の上に平󠄁然と曝してゐるのだ。彼は狼狽してその淺間しい手を引込󠄁めようと動かしたが、もうだめだ、そこに立つてぢつと見つめてゐたのは、車掌なのである。何と云ふだらう? ……。健治は暫く待つたが、車掌は意地惡く默りこくつてゐた。その上氣が付いてみると乘客の目が一勢に彼に向けて注がれてゐるのだ。彼はとう堪らなくなって震へ乍らその憐れな手をポケツトへもぐり込ませた。それを見ると車掌は依然一言も發せず車掌室へ引込󠄁んでしまつた。どんな事になつても驚くまいと思い乍らも健治は、いつたいどういふことになるのか皆目見當がつかないのが不安でならなかつた。こんなことになつて來ると彼はいよあの古財布への人情󠄁が恨めしくなつた。

 次に止まつた驛では昇降の客が可成雜沓した、その雜沓に先だつて車掌は再び健治の前󠄁へ來てこの時いきなり聲をかけた。車掌はすみませんが、とは云はなかつた。君一寸下車