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ども健康に恵まれた者にこれ位の支送りは決して大きなことではないと思います。併し、この二円か三円の支送りの有無は私にとっては死活問題です。そうは云っても療養所には扶助機関があって本当にこまる人には救済してくれます。けれども親、兄弟のない者や、社会にあって乞食までして来た人々は知りませんが、貧しい乍ら温い家庭でこれと云う不足もなく育って来た私には甘んじて救済を受けるなどはとても堪えられないのです。

千耶ちゃん、私はもうしっかりと決心しました。天刑病!! そうです。天刑です。生んだ両親にも血をわけた兄弟にまで見捨てられる、これが天刑でなくて何でしょう、併し天刑病者でも、レプラでも生のある限り生きなければならないんです。「人間が生きるために為す行為は総てが善だ」とか、私のような境遇へ投げ出された人間には確かに真理だと思います。私も療養所で真面目な患者として行くには、貴女方の世話になってこの不甲斐ない自分を悲しんで居なければならないのです。けれども私達にも多種の生き方があるのです。唯一人捨てられた自分だと思えば、善悪もなく、道徳もなく、唯享楽を求めて生きられるのです。生きんが為には堕落も罪もないのです。

千耶ちゃん、そうは云っても私は自分が可愛想でならないのです。今まで、苦しい思いを忍びに忍んで、人間らしく生きて来た自分であると思うと、何だかやたらに悲しくなって涙が出るのです。私は三月程前に療養所を出てしまいました。私は病気が伝染病である限り、こうすることは社会的に、実に恐るべき罪悪です。併し、これも運命です。運命の前には小さな人間の力など実に憐れなものですからね、斯うなることも私には決して不慮のことではないのです。私の様な病者の多くは、永い間には、こうして肉身からまで忌み嫌らママわれて自棄的になり、治るべき病気も治さずに悶え苦しんで死んで行くんですから、――唯その時が私には少し早すぎたと思うだけです。けれども決して恨みではありません。却ってよいことかもしれません。

千耶ちゃん、長々と書いてしまいました。私は今、自分の総てを虚って病弱故の失業者と云って、或る偉大な人格的青年に世話になって居ります。恩人を虚ることは苦しいが生きんが為めです、仕方がありません。私はもう何も云わずにと思ったのですが、発病以来五年余、最も親切にして下さった貴女に対して最後の便りをするのは礼儀だと思ったのです。併し、もう再び地上で語り合う事はないでしょう。では、さようなら、貴女の御健康を祈まママす。――


 柚崎は読み終えて激しく身震いした。そして「ウーム恐しい病気だ」と口の奥で嘆息した。

 夜は更けていた。無夜の境を呈していた大都会にも夜はあった。あたりにはもう人通りも絶えていた。柚崎は突立ったまま動こうともせず、烈しい戦慄に震える胸の中で、自分が道ならぬ道を踏み始めた数年前の事実を其時以来初めて一つ嚙みしめるように心の中で繰返し乍ら、悪魔のようになり切った自分の心に叫びかけるのだった。

「悪魔!! 柚崎雅美の悪魔!! 貴様がこんな人間になり下ったのは何のためだ!! 兄が千耶ちゃんの兄と同じ業病にとっつかれた為め、あの菊江に裏切られたからではないか。そして、学校も、家も、両親も何もかも捨て、女を呪いまわった卑怯者、今はどうだ、不幸な兄の為めに忠実に働いて居た女を誘惑して、その為めに病み乍らも正しく生きようとした者を迄悲惨な苦悶に引ずり込んだのだ。馬鹿。千耶ちゃんの悲しみを知ってやれ………」

 柚崎は気狂いのように両手で帽子の上から頭をかかえて煩悶した。併し、彼はこの堕落のどん底でも総てを捨ててはいなかった。殆んど病的に読書好きで、掌中に入れた金の大半を書物に替えていたのも、彼が学