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医師に鑑定嘱託するに至ったのは、主として本件被害者が弘前大学医学部教授の夫人であったためにすぎなかった。それで弘前市公安委員で当地における血液研究の権威者であった松木医師に、まず証拠品等の鑑定を依頼し、一応の判断を得たうえ(早期に捜査方針を決定する目的もあった。科捜研の鑑定にみられるとおり、当時大学等の機関でなされる鑑定には、結果が判明するまで相当の日時を要するのが通常であった。)、引き続き引田医師に鑑定嘱託する方法をとったのである。
 2 次に、昭和二四年八月二四日ころ、引田医師のもとに運び込まれた鑑定物件について検討する。
 引田医師は、前記第一、六、2記載のとおり「こうりに入れた衣類やなんか」が持ちこまれ、次いで「ズック靴」が持ちこまれた旨証言している。そこで、右行李のなかに本件海軍シャツが含まれていたかは慎重な考察を要する。
 確かに証拠品である衣類、靴等全部を引田医師に鑑定嘱託する手はずであったことは間違いないであろう。同医師に対する鑑定嘱託書をみると、八月二二日、二三日、二四日〔丁2〕方から押収ないし任提領置した全物件(手紙類等は除く。)が記載(本件海軍シャツは「8海軍シャツ四枚」と記載されているうちの一枚とみられる。)されているのである。ちなみに右嘱託書に記載されている「2白ズック靴一足」とあるのは、本件白ズック靴ではなく、同月二四日任提領置したものである(その後科捜研に嘱託するにあたり「白色ズック靴二足」と記載されていることからも明白である。)。ところで、前記第一、六、2記載のとおり、八月二三日、二四日押収ないし任提領置した物件は、念のため押収したものにすぎず、素人目にも一見して血痕様の斑痕は認められないものであったため、右物件については捜査本部も重視していなかった。そのため、これらについては、松木医師に鑑定を依頼することなく、直ちに行李に一括して詰め(本件海軍シャツは含まれていない。)、これを鑑識課雇〔丙13〕が引田医師のもとに運び込んだ。そして、本件白ズック靴は、重要証拠品であるので、引田医師から検査実施の連絡を受けた捜査本部が、別途同医師のもとに持参したのである。
 それでは、当時本件海軍シャツはどこに所在していたのであろうか。前記第一、五、1記載のとおり、捜査本部は押収当初から本件海軍シャツを重要視していたのであり、松木医師に、本件海軍シャツに付着する斑痕の鑑定方を依頼し、同医師のもとで検査に供されていたのである。本件海軍シャツは、右検査を経て引田医師のもとに運び込まれる手はずであったが、その間に同医師が前記第一、六、3記載のとおり、本件白ズック靴に血痕付着を認めない旨鑑定したのを受け、即日科捜研に再鑑定を嘱託することが決定されたため、遂に本件海軍シャツは引田医師のもとに運び込まれることはなかったのである。また、同医師のもとに運び込まれていた前記物件名同月二五日には引揚げられた。
 3 そこで右事実を検証するため、次に引田医師の公判廷における証言を検討することにする。
  ㈠ 引田医師は、昭和二五年六月二日(第一審)公判廷において、

  ⑴ 問 白ズック靴と海軍シャツを鑑定して居ると言うが、シャツの血痕は古い血だという感じを持った記憶がないか。
答 シャツも左様であったが、ズック靴の紐は十分古かったと記憶して居ります。当時私としてはしみが血液であるか何うか確め血液なる事が判ったから、人血であるかを認定しなければ意味がないと思ったから、ルミナール、ベンチチンの各反応を試験したら全然反応が出ませんでしたから、この汚点は血痕であるか何うか疑はしい。たとい反応が出たとしても相当前のものであると言う事が言い得ると思いました。
  ⑵ 問 シャツを受取った時、その付着せる汚点を見たか。
答 見受けました。
問 その際汚点は血液でなく若し血痕であったとしても相当古いものだと言ふのか。
答 古い血とか言う事は難しいのですが、路上の血とシャツ、ズック靴の血と比べてみて色の具合からも違う様であり、特に靴の紐についてはベンチチン反応試験をしてみても水に溶けない点から見て血でない。血としても古いものだと言うことが出来ます。又ルミナール試験法では血が古ければ古い程反応が出ない様になって居ります。
  ⑶ 問 海軍シャツの汚点は人血であると言う事が判ったか。
答 多分靴の紐と同様為したと記憶して居りますが、明確なる証言をしたいから当時作成した鑑定書の控があるから之を見て証言することを許可ありたくお願いします。

旨述べて鑑定書をみたうえ、

  海軍シャツについては一旦受取りましたが鑑定して居りませんから訂正して置きます。

旨答え、

問 証人は海軍シャツも鑑定した様に述べたが、それも取消さず、その後見た丈けだと言うのは何う言う訳か。
答 鑑定はしませんが見るには見ました。
問 証人が先程鑑定したと言ふのは嘘か。
答 資料として持って来たのを見た丈けで別に鑑定書は提出して居りません。
問 不正確な記憶で正確な事を言ったと言ふのか。
答 それでシャツは見た丈けと言いました。

というのであり、海軍シャツについて尋問を受けてもこれにまともに答えず、白ズック靴の鑑定に話がそれてしまい、白ズック靴についての印象は比較的強いが、海軍シャツについての印象は極めて薄弱であることが理解される。先にみたとおり、山本署長等監視のなかで、まず本件白ズック靴の鑑定をしたからこそ印象も強く、比較的明