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に要した裁判費用 =====  原告隆は、この点につき種々主張するけれども、本件全証拠によるもその証明が不十分で、他にこれを証するに足る確たる証拠も存しないので、この点に関する主張は理由がないというべきである。もっとも、具体的な数額の算定は不能なるも、同原告が相当額の費用の支出を余儀なくされたであろうことは容易に推測されるが、この点は前示のとおり、慰謝料算定の一事情として考慮するのが相当である。

㈣ 差し引くべき刑事補償金

 原告隆が、昭和五二年八月三〇日、刑事補償法に基づく補償金として金一三九九万六八〇〇円の交付を受けており、これをその被った損害額から控除すべきことは同原告の自陳するところであるから、逸失利益と慰謝料の合計額から右刑事補償金を差し引くこととする。

   以上説示したところによれば、原告隆が本件によって被った損害は前記㈠及び㈡の合計額から前記㈣の金額を控除した金八七三万二四〇一円となる。

㈥ 弁護士費用

 原告隆本人尋問の結果によれば、同人は弁護士に本件訴訟を委任し、相当額の報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の内容、訴訟経過、認容額等諸般の事情を考慮すれば、本件において被告に対し請求しうべき報酬の額は、金八七万円と認めるのが相当である。

   以上によれば、原告隆の損害額は、前記㈤及び㈥の合計額たる金九六〇万二四〇一円となる。

2 その余の原告ら

㈠ 亡〔丁2〕の財産的損害の相続

 原告らは、原告隆の刑事裁判に要する費用を捻出するため、亡〔丁2〕がその所有する土地建物を売却し、その売得金を右費用に充当したことにより被った損害を者賠償べしと主張するが、しかし、一般に子に対し違法な公訴の提起、追行がなされた場合、通常親に右のような損害が生ずるとはいえないから、本件の違法な公訴の提起、追行と亡〔丁2〕の財産的損害との間には相当因果関係がないというべきである。よって、原告らの右主張は理由がない

㈡ 慰謝料

 原告隆を除くその余の原告ら及び亡〔丁2〕は、原告隆の親、妹、弟であり、原告隆が長期の勾留、有罪判決の宣告及びその刑の執行を受けたことにともない、社会生活において、あるいは嫁ぎ先や勤務先において数々の不利益を受け、そのため多大の精神的苦痛を被ったとしても、これらの精神的苦痛は、通常公訴の提起、追行、有罪判決の宣告等に必然的にともなうものであるから、原告隆の無罪が確定し、同人の精神的苦痛が慰謝されることにより当然慰謝される範囲内にあるものと解すべきである。よって、その余の原告らの慰謝料請求は、亡〔丁2〕の慰謝料請求権の相続分をも含めて理由がない

九 結論

 よって、原告らの本訴請求は、原告隆につき金九六〇万二四〇一円及びこれに対する本件不法行為の日より後である昭和五二年一〇月二八日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、同原告のその余の請求ならびに同原告を除くその余の原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

青森地方裁判所弘前支部      
裁判官 矢 崎 博 一

 裁判長裁判官新田誠志及び裁判官渡邊雅文はいずれも転補のため署名押印することができない。

裁判官 矢 崎 博 一



別紙㈡ 公訴事実

 被告人は変態性欲者であるが国立弘前大学医学部教授医学博士松永藤雄妻〔甲〕当三十年の美貌に執心し昭和二十四年八月六日午後十一時頃から同十一時三十分頃迄の間に弘前市大字在府町〔略〕〔乙〕方離座敷の階十畳間に実母等と枕を並べて就寝熟睡中の〔甲〕を殺害して変態性欲の満足を得る目的でその寝室に忍び込み枕許に座し所携の鋭利なる刃物(大型ナイフ)を以て同人の頸部を一突きに突き刺し左側頸動脈同頸静脈同迷走神経等を切断し間も無く死亡させて所期の目的を遂げたものである。


別紙 準備書面㈠

はじめに

 被告は、本訴の提起を受けて以来、本件再審判決並びに一審以来の刑事記録をつぶさに検討してきたが、その結果、本件刑事事件のきめ手となるべき白ズック靴、同海軍シャツに対して、数次にわたってなされた鑑定の経過が、本件刑事事件の正当な理解のために絶対に欠くことができない事項と思料されるのにかかわらず、その所以がほとんどなされていないことに気づき、これを捜査の推移に従って確定すべく努めてきたところ、偶々、青森県警察本部鑑識課にこれまでかえりみられることのなかった本件の鑑識関係文書(乙九七乃至一〇六、一〇九、一一〇、一一三号証等)が保管されていたのを発見し、右文書によって再度本件刑事記録に検討を加え、そのうえで関係者に対する調査を実施した。その結果、本件の捜査過程において原告等主張の如き証拠偽造等の疑念を差しはさむべき余地はいささかも存しないことを明白にすることができたものと信ずる。
 したがって、本件再審開始決定及び再審判決は、本件白ズック靴、同海軍シャツに対する証拠評価を誤り、数多くの重大な事実を無視乃至誤認してなされたものと断ぜざるを得ず、その判断には到底承服することはできない。
 以下に、本件鑑識関係文書とこれを受けて右調査の結果を勘案して検討を加えた被告の主張を詳述する。

第一

    事件発生から上告審判決に至る経