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存在するに至ったと見るべき特段の事情は存しないにもかかわらず、検察官沖中益太は、公訴を追行し、原一審においては極刑の求刑をなし、これに対し無罪判決が言い渡されるや、前記疑問点を解明することなく控訴を申し立て、さらに原二審担当検察官も原告隆に対する有罪判決を得ることにのみ急であって、右疑問点を解明しないまま訴訟を追行したことが明らかであるから、原一、二審を通じ本件の公訴追行もまた違法というべきであり、その違法の態様、程度からして当該検察官に過失があったと推認するのが相当である。
 5 検察官の本件公訴の提起及び訴訟追行の違法性について、上来認定説示したところによって、本件公訴提起・追行は国家賠償法上違法行為を構成するものと認められることが明白となったのであるから、原告らの主張するその余の捜査機関や裁判機関の不法行為についての判断は必要でないと考えるが、なお簡略に付言すると、原告らの主張する本作起訴前の逮捕、勾留、押収、鑑定留置等に関する違法は、本件全証拠を検討するも、これを肯定するに足る確たる証拠は存しないから、この点に関する原告らの主張は理由がない。すなわち、すでに説示した諸事情に照らせば、捜査段階においては原告隆が本件殺人の罪を犯したと疑うに足る相当な理由があったものということができ、本件事案の性質上、左被疑事実により逮捕・勾留・押収・鑑定留置がなされたことはやむを得ない措置というべきである
 原告らは裁判所の過失をも主張するので言及すれば、上来認定の諸事実に照らせば、原二審裁判所は本件殺人事件につき原告隆に有罪判決を言い渡したが、同裁判所に対し、本件で問題とされた各証拠の全部が提出された訳ではないから、同裁判所が取り調べた各証拠を検討して有罪の認定をしたことについては、自由心証の範囲を著しく逸脱したものとは認め難く、所論の過失はない。然して上告裁判所が上告棄却したことについても同様所論の過失はない

   なお、被告は、本件の鑑識関係文書を新たに発見し、これによって本件刑事記録に検討を加えた結果、本件再審開始決定及び再審判決は、本件白靴、本件白シャツに対する証拠評価を誤っている旨主張する。しかし、被告主張の鑑識関係文書を踏まえて検討しても、本件再審開始決定及び再審判決の認定評価は首肯するに足りること前記認定説示のとおりであって、原告隆は無宰にもかかわらず、本件殺人事件につき逮捕・勾留されたうえ、起訴までされて有罪判決を受け、長期間服役したものというべきであるから、被告の右主張は理由がない。

六 因果関係

 すでに前記一で認定したとおり、原告隆は、殺人の罪で公訴を提起された後、原一審において無罪の判決が言い渡されるまで身柄を拘束されて一旦は釈放されたものの、原二審において、一転して懲役一五年に処する旨の有罪判決が言い渡され、その刑の執行を受けるに至ったが、検察官による本件公訴の提起、追行がなかったならば、原一審における長期の身柄拘束は勿論、原二審判決による刑の執行等もなかったことが明らかであるから、検察官による本件公訴の提起、追行と原一審における身柄拘束ならびに原二審判決及びその執行等により原告隆が被った後記損害との間には相当因果関係があるというべきである。

七 被告の責任

 以上によれば、被告は、検察官が職務を行うにつき、他人に違法に加えた損害を賠償する責に任ずる地位にあることは当事者間に争いがないから、被告は、国家賠償法一条に基づき、検察官の 違法な公訴の提起、追行により原告隆が被った損害を賠償する責任がある

八 損害

1 原告隆

㈠ 逸失利益

 《証拠略》によれば、原告隆は、本件公訴提起当時満二六歳の健康な独身青年であり、無職ではあったが、警察官になるための試験を受けるべくその準備をしていたことが認められ、他方、同人が、昭和二四年一〇月二四日から昭和二六年一月一二日まで、及び昭和二七年六月五日から昭和三八年一月八日までの間、被告人もしくは受刑者として身柄を拘束されたことは当事者間に争いがなく、そして、右のような身柄の拘束がなければ右の期間稼働し、相当額の収入を得られたものと推認することができる。そこで、昭和二四年から昭和三二年までは総理府統計局編集日本統計年鑑(第八回)の常用労働者毎月平均現金給与額(ただし、昭和三二年の給与額は昭和三一年のそれを用いる。)を、昭和三三年から昭和三八年までは労働大臣官房労働統計調査部発行労働統計年報の産業計企業規模計男子労働者の平均月間きまって支給する現金給与額を、それぞれ基準として各年における平均年間給与額を算定し、さらに身柄拘束日数が一年に満たない年については日割計 算によって身柄拘束期間中の得べかりし利益を算定したうえ(円未満切捨て)、各年の得べかりし利益を合計すると金二七二万九二〇一円となるが、その詳細は別紙㈣記載のとおりである
 なお、本件のような身柄拘束中の逸失利益の算定においても生活費を控除すべきか否かの問題があるが、《証拠略》によれば、原告隆は、身柄拘束中も、衣食の差入れや家族との面会等のためにある程度の出費をしていることが認められるうえ、元来、被害者の得べかりし収入額から同人が自己の生活のために費消すべかりし金額を控除すべしとされたのは、この点を斟酌しないと同人が将来得べかりし利益よりも多額の利益を同人に許与することになるとの理由によるものであるところ、少なくとも本件においては、貨幣価値の大幅な下落により事実上右の不都合は生じないことが明らかであるから、生活費は控除しないこととする。