Page:EAPoe-The Masque of the Red Death (translated by WatanabeOn)-Chūkō-2019.djvu/4

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赤き死の仮面


 かの「赤き死」はながことくにじゆうむさぼり食つた。これほど決定的に死ぬ、これほどいまはしい流行病がまたとあつたらうか。血の赤さと恐怖――血こそこのえやみけしんでありその印鑑であつた。するどい苦痛がして、引続いて急激なめまいを感じ、やがてけあなからおびただしい血をき出して死んで仕舞ふのである。患者の身体、ことに顔面に真紅のポツポツがあらはれるのであるが、これがこのえやみの兆候で、かうなるともはや、人々の同情も看護も絶対にられなくなるのである。発病、こうしん、死亡、これが全部でもののはんときたない間に過ぎてしまふのである。

 しかし、プロスペロ公は幸運でほうたんしかそうめいであつた。こうの所領地の住民がいよいよ半数ほどにつてしまふと公は、宮廷のナイトしゆくじよの間から千人ほどのそうけんで陽気な連中を呼び出して彼等と共にじようさいふうの僧院の奥深くにいんとんしてしまつた。

 この僧院は広く宏大ですべて公自身の風変りなしかも壮麗な興味からつくられたものであつた。僧院をめぐるものは強くて高い城壁であつた。これには鉄の城門が付いてゐた。家臣達