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三月十一日。一等軍醫ヱエベル Weber 余を誘ひて郭外なる「ツアツヘル」釀窖 Zacherlkeller に至る。舊大學生等國帝誕辰の前此預祝を爲すなり。此窖は特種の麥酒 (Salvatorbier 一名 Zacherlbier) に名あり。堂は綠葉もて飾り、一隅に帝王の胸像を置く。來客は六百人許。酒酣にして一人起ちて壽頌を演ぶ。維廉の功業を贊する處に至りては、外人も亦仰慕の情なきこと能はず。夜半家に歸る。雪甚し。

十九日 (土曜)。劇を觀る。

二十五日。橫山又二郞とヒルト Hirth を訪ふ。此人財巨萬を累ぬ。所謂東洋癖ありて、好みて日域の骨董書畫を聚む。家屋の結構壯大偉麗なること民顯府中其比なし。來り觀る者日に數十人。余等の應接所に入るや、既に五六の客あり。男女打ち雜れり。主余等を延いて諸室を見す。家凡そ三層、層々奇境を開く。人をして驚歎せしむ。日本の刀槍甲冑を以て壁を飾る具と爲す。奇と謂ふ可し。一女客柄鏡 Lorgnette を手にし、嬌聲を發して曰く。美なる哉。此の如き粧飾は天才あるにあらでは成就せざるべしと。余を以て之を觀れば唯〻錢のみ。何ぞ天才を要せん。余主人と語ること霎時のみ。未だ其平生を審にせず。惟ふに凡庸の人ならん。家書至る。陸軍々醫學校落成の事を報ぜらる。高等女黌舞踏會の景况一讀解頤す。飯島は靚粧の美人を撰み、穗積は弊衣の醜婦を擇む云々。孰れも交際法に達する者と謂ふ可らず。彼は好惡に從ひて己れに克つこと能はざる者歟。然らずば肆意のみ。此は一風にて面白けれど、その擇まるゝ婦は將に嗔りて曰はんとす。渠何ぞ吾を醜として來り要すると。應渠翁中風の事山海萬里を隔てゝ徒に心を傷ましむるのみ。緖方收二郞佳人の奇遇數卷を寄す。大に覊愁を慰む。

四月二日。橫山又二郞と劇を輦下戲園に觀る。男兒のみにては餘りに興なければとて、フアンニイ Fanny Grosshauser と云ふ少女を伴ふことゝなれり。劇はラロンジユ L'Arronge のクラウス學士 Dr. Klaus なり。主人公醫を業とす。一夜婦と少女とを携へて筵に赴く。興酣なるとき僕來りて病家の請を吿ぐ。乃ち之に赴かんと欲す。婦留むれども聽かず。女の曰く。兒盟ひて醫の妻と爲らずと。主人公の曰く。請ふ爺の語を聽け。爺が新婚の初なりき。妻と夜會に赴きしに、席間一貧家の病の劇なるを吿ぐあり。爺新婦の意に悖らんことを恐れ、敢