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蔭を成し、頗る意に適す。「チゴイネル」族の群あり。熊を引き來りて避暑の客を慰む。此民は盜すとて人々忌み嫌へども、其衣服など雅致ありて面白きものなり。日暮近郊を步す。岸のあたりは水淸く、底なる砂石數ふ可し。客舍に近き漁家、皆壁に神像を畫く。舊敎の風然るなり。水淺き處に家を建つ。床なし。婦人の游泳する處なりといふ。人工の甲蟲能く自ら動く者、護謨の絲を附けたる毬など賣る翁あり。一ツ二ツ買ひて兒童に與ふ。九時過るまで月を看て庭上に坐す。

六日。朝騷雨過ぐ。永松ドラツヘンフエルス Drachenfels に在りて書を寄す。原田岩佐等の書も亦至る。

七日。好天氣なり。ロツトマン丘 Rottmannshoehe に登る。途に一人あり。二兒を曳いて來る。余を呼びて曰く。君は一等軍醫某君に非ずやと。葢し拜焉參謀本部の幕僚なり。既にして丘上に達す。客舍あり。結構其美を極む。碑あり。其銘の畧に曰く。畫工カルヽ、ロツトマン Karl Rottmann 曾て此丘に登り、喚びて湖上第一勝と作すと。ロツトマンハイデルベルヒ Heidelberg の人。千八百五十年ミユンヘンに終わる。畢生力を寫景に竭すと云ふ。碑の傍に小苑あり。薔薇花盛に開く。

八日。陰。冷氣膚に透る。又ロツトマン丘に上る。ヂイフエンバハ Diefenbach の兒に客舍の前に逢ふ。ヂイフエンバハは畫工にして所謂素食家 Vegetarianer なり。その素食法を奉ずること極めて嚴にして、髮を斷らず、爪を除かず。身には一枚の綿布を纏へるのみ。其子も亦父親と同じ生活を營めり。余兒に薦むるに檸檬水を以てす。辞して飮まず。時に樓上の窓を啓いて鐸を鳴す者あり。仰ぎ見れば則ちヂイフエンバハなり。兒走りて舍に歸る。ヂイフエンバハは巨眼紅鬚、身は瘦せたれども、衰弱の色は見えず。歸途丘の半腹にて榻上に橫臥すること半晌。對岸スタルンベルヒの人家歷々數ふ可し。

九日。朝雨。家書至る。

十日。晴。步してアムメルランドアムバハ Ammerland, Ambach に至る。


十一日。晴。湖邊に坐し、書を讀む。