Page:Doitsu nikki(diary in Germany).pdf/40

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澳太利のヘルベルト男 Baron von Herberth-Ratkeal, 拜焉のルウトハルト von Ruthardt, 北米のクヌウプ Knoop 等あり。陸軍省のトイヘル Teucher, 內務省のヘエペ Haepe, 警視廳のツアツプフ Zapf, 裁判所のマンゴルト von Mangoldt, 記錄局のポツセ Posse, 鐵道局のプラニツ von der Planitz, 皆世に聞えたる人々なり。外交官フリイゼン Friesen は嘗て書を著して庿堂往時の秘策を說き、ウヨルマン Woermann は世界知名の圖書舘に長たり。リプシウス Lipsius の築きたる摟堂、ポオエルス Pauwels の寫したる丹靑も或は千載に傳ふ可し。スツツドニツツ氏 Frl. von Studtnitz は巾幗にして一新聞 (Für's Haus) の編輯長たり。モンツ將軍 General Graf von Monts は猶矍鑠として拿破崙の往時を談ぜり。俳優にはオステン von den Osten あり。容貌魁偉。余曾てそのヰルムヘルム、テル Willhelm Tell に扮せるを見しが、現に彼の虐政の覊絆を脫せんと欲して、命を鴻毛よりも輕んじたる人物は斯くありけんと思はるゝ程なりき。フリヨツセル氏 Frl. Floessel は余曾てその傳奇月桂と乞杖と Lorbeerbaum und Bettelstab の中なるアグネス Agnes に扮せるを見たり。一雙の嬌眸能く落第の才子 (Heinrich) を鑒識し、月桂を贈りて詩卷を求むる處、余をして數行の淚を墮さしめたり。此夜純白の衣を着け、花束を手にして出づ。嬌姿比なし。若し夫れジヤコモ氏 Frl. Diacomo は紅臉を呈し、美ならずと云ふに非ず。唯〻桃紅の李白に於ける觀を爲すのみ。又瑞典砲兵大尉クロオンエルム Kronjelm 伯の夫人は今宵服飾第一と稱せらる。軍人はルウドルフシユワインゲルデツケン將官 von Rudorff, von Schweingel, von den Decken 等を始として數百人ありき。メツテルニヒ公夫人 Fuerstin Metternich は偶〻此地に客たりしに、故ありて至らず。九時三十分薩索尼王近衞の服を着けて臨會す。近衞騎兵聯隊の樂手樂を奏して迎ふ。十時三十分散會す。

十三日。夜王宮の舞踏會に赴く。會は午後八時半に始り、夜一時半に終わる。來賓六百人。貴顯にはザツクセン、マイニンゲンの公子 Erbprinz Bernhardt von Sachsen-Meiningen 其配と共に來り、又ワイマルシヨオンベルヒの公子 Prinz Alexander von Weimar, Prinz Clemens Schoenberg あり。外交團 Corps diplomatique の貴人甚衆し。射手聯隊 Schuetzenregiment の樂手樂を奏し、波蘭舞 Polonaise を以て開會す。首たる二對は國王と紅衣のマイニンゲン夫人 Prinzessin von Meiningen と、マイニ