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鐵匣中に通じ、毒芽を撲滅するなり。內面の鐵柱は皆布もて卷きたり。鏽を避くるなり。衣服等は鈎に掛けて消毒す。若し索にて縛し匣內に投ずるときは、其縛處皺襞を生じ、法の之を除くべきなし。色布は匣內にて其美を失ふことなし。唯ゞ革類は熱に堪へざるを以て、別に硫氣消毒室を設く。窖あり。ジユヱルン Suevern 粉もて汚水を淨め、之を街衢の排水管に通ず。此法毒芽を撲滅せざるを以て良法とは謂ひ難し。園內希臘海神 Poseidon の巨像あり。偉觀なり。

十四日。夜寸間を偸み、始て新市 Neustadt の戲園に至る。

十八日。ロオトの家に晚餐す。

十九日。德停衞戍病院にて衞生將校會 Dresdner Sanitaets-Offiziers-Gesellschaft の第百五十九集を開く。會頭はロオトフリイデリヒ C. Friedrich なり。一等軍醫バルメル Balmer 參謀旅行中衞生將校の作業 Die Thaetigkeit des Saniaetsoffiziers bei den Generalstabsuebungsreisen と云ふ題にて演說す。余は客員として日本陸軍衞生部の編制 Die Organisation des japanischen Sanitaetscorps の一題を演す。

二十日。懺悔日 Busstag なれば病院を鎖せり。

二十二日 (日曜)。午前一等軍醫ミユルレル Mueller 三等軍醫ヰルケシユウマン Schumann の酒店に會す。午後ヰルケと馬車を傭ひて大苑を遊覽す。寒氣膚を裂くが若くなるに遊人尙絡繹たり。

二十三日。夜兩ヰルケと麥酒廠 Bierhalle に至る。此旗亭の婢ベルタ Bertha は法律家ヰルケの情婦なり。其性頗る貞靜にして、此社會の人に似ず。ヰルケ嘗て爲めに屋を賃し、月每に數金を送らんと約す。婢の曰く。君の好意は謝するに堪へたり。若し合巹の禮を擧ぐることを得ば、今の業固より廢すべし。然らずして君の家に住み君の食を食ひ徒に君の愛を受けば、是れ其業の賤き旗亭の婢に百倍せん。敢て辞すと。

二十四日。始て雪ふる。醫師ヰルケ Wilke に就いて西班牙語を學ぶこと此日より始まる。