Page:Doitsu nikki(diary in Germany).pdf/30

提供:Wikisource
このページは検証済みです

ミユルレル E. Müller と云ふ伯林兒の手に成れり。ロオトの言中れり。

十五日。軍醫正ベツケル Becker の講說始まる。白首にして其性剛毅なり。一等軍醫ゼルレ Selle は容貌圑々珍聞の鯰公に髣髴たり。一等軍醫フイツシエル Fischer は演說人の眠を催す可し。軍醫正ヘルビヒ Helbig は澁舌聞くに堪へず。此日ロオトの軍陣衞生學講義も亦た始まる。談論極て老鍊なり。

十六日。講說常日の如し。以下必ずしも記せず。夜アンナ、ハアヱルランド Anna Haverland の朗讀を索遜客舘 Hôtel de Saxe に聞く。讀む所は「デル、ヰルデエ、ヤグト」Der wilde Jagd の一篇なり。抑揚頓挫の妙言ふ可からず。

十七日。德停府の兵器庫、戎衣庫、兵車庫等を觀る。壯大驚く可し。

二十日。德停府武庫中銃砲を藏する部を觀る。小銃あり。我邦維新前のものにて鷹の羽の徽章あり。

二十一日。家書至る。

二十三日。始て爐を開く。

二十四日。澣衣廠、麪包製造所を觀る。防腐麪包あり。薄片鐵中に入れ、空氣の流通を絕ちて後燒きたる者なり。鐵筒は截りて副木に代ふ可しと云ふ。

二十五日。ヰルケ Wilke とロオトの家に午餐す。ヰルケは三等軍醫にて衞生司令部 Sanitaets-Direction に奉職す。美貌の才子なり。佛蘭西、西班牙二國の語に通ず。近ろ又英語を學べり。性毫も邊幅を修めず。余甚だ之を愛す。ロオトの家を辞し、歸途大學麥酒廠 Academische Bierhalle に飮む。代言人ヰルケ Wilke と相識る。軍醫ヰルケの友なり。肥胖にして朴直。大に我邦の代言先生と同じからず。余ヰルケの名の出づる所を問ふ。代言ヰルケの云く。「ヲルフ」Wolf (狼) の義なり。相見て大笑す。

二十八日。夜勝利神堂 Victoria-Salon に至る。來責府