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り。禮は、妒まず、誇らず、驕傲らず、非禮を行はず、己れの利を求めず、輕々しく怒らず、人の惡を念はず』と謂ふを得ん乎。デイーン敎授が、人生の六義を論じて、禮を重しとし、之を以て社交の熟果なりとせしは、盖し又た異しむに足らず。
予は禮を尊ぶ。されど必ずや、之を以て諸德の上に置かんとするものに非らず。禮のものたる、之を解かば、其の更に尊貴なる他の道德と干與するを認めん。盖し何の德か、果して孤立して存するや。士林の輩、特に禮を重んずと雖、時に其規を越ゆるものあるを以て、從つて虛僞に流るゝを致せり。孔子も旣に玉帛の禮の要を成さゞるは、鐘鼓の樂に於けるが如きを說けるにあらず乎。
禮容を尊んで社交の儀文となすが故に、坐作進退の則よ