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のみに非らずして、而も其後へには生殺與奪の權を有し、恩に兼ぬるに威を以てす。經濟學者が、需要に有効無効の別ありと云ふが如く、武士の慈悲は即ち有効なるものと稱すべくして、之を受くるものに對して、或は利益を生じ、或は損害を來たすの力を有せり。

 武士は獸力を榮とし、之を用ふるの特權に誇りたりと雖も、又た深く孟子が仁の力を說くに服するものなりき。孟子曰く、『仁之勝不仁也、猶水勝_火。今之爲仁者、猶一杯水、救一車薪之火也』と。又た曰く『怵惕惻隱之心、仁之端也』と。是れに由りて之を觀れば、孟子は、彼のアダム、スミスに先んじて、夙に倫理哲學の基礎を同情に置くの說を唱破したるものに非らずや。