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る公正を以て男性的なりとせば、仁愛の柔和にして人を服するは、即ち女性的なりと云ふを得べき乎。されど仁愛に加ふるに正義を以てせずして、漫に之に流るゝは、人の深く誡むべき所にして、伊達政宗の言にも是れあり、『義に過ぐれば、固くなる。仁に過ぐれば弱くなる』と。

 仁は美はしくて、又た遍し。『最も剛毅なる者は、最も柔和なり。最も愛ある者は最も勇敢なり』とは、古今東西の通義なり。武士のなさけとは、人心に妙音を傳へて、高尙なる情感を覺醒するの語なりき。武夫の慈悲の質たる、他者の慈悲と其類を殊にするには非らず。されど仁の武士に於けるは、漠然たる感情より發するものに非らずして、其心に正義を忘れざるにあり。又た其仁は、啻に情緖の發現たる