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衣のたてはほころびにけり。

と云ひかけたれば、貞任馬の鼻を引返し、聲に應じて、

年を經し糸のみだれの苦しさに。

と詠じたる、あまりの優しさに、義家は引きたる弓を弛べ、番ひし箭を棄て、掌中の敵を放ちて、其の遁ぐるにまかせたり。人怪しみて其故を問ふ。答へて、貞任ほどの剛の者なればこそ、敵に辭をかけられて、事の急なるに、死を前に置きながら、斯くやさしくも致したれ。其志をも感ぜずして、一矢に射落さんこそ無骨なれと云ひけり。

 アントニー及びオクタビアスの二人の、フイリピの野にブルタスを僵して、嗟嘆慟哭したるが如きは、此れ實に勇士の常情なり。上杉謙信の、武田信玄と兵を構ふること十四