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Page:Bushido.pdf/74

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じ、聲音筆蹟毫も平生に異ならず、人、皆之を歎稱せり。蓋し悠々逼らざること、斯の如きは、其心に多大の餘裕あるに因らずんばあらず。故に毫も外物の窘迫する所とならず、常に他を容れて、多々益す辨ずるものあるなり。

 史に傳ふ、江戶城の開祖たる太田道灌、曾て戰塲に若武者の首級を獲るや、澘然として之を憫み、

かゝる時さこそ命の惜しからめ、
   かねて無き身と思ひ知らずば。

の和歌を詠じて、之を弔せり。然るに後、道灌の讒に會ひて、浴室に刺さるゝや、神色變ぜず、手づから槍幹を抑へ、

昨日まで、まゝ妄執を入れおきし、
   へんなし袋、今やぶりけん。