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若し苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、繼ぐに『戰塲に出でゝ、腕を斷たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の厲語を以てしたり。千代萩の千松が、籠に寄り來る親鳥の餌ばみをすれば、子雀の嘴さしよる有樣に、小鳥を羨む稚心にも、侍の子は、ひもじい目をするが忠義ぢやとの、健氣さ、いぢらしさの昔語は、人の普く記する所なり。加之ならず、勇敢壯烈なる御伽噺の類多く、小童は襁褓に在りて尙ほ之を樂めり。而して此等の物語の、旣に少年の精神を鼓舞し、之を養ふに、勇剛の性を以てせるのみならず、又た父母の嚴として子に臨み、殘忍酷薄に失するまでも、其膽力を試練し、『獅子其兒を千仭の壑に擠す』の行に出づるものありき。侍の子は艱難の深淵