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にし、書册を挾みて、橫行濶步し、世事我に於て關する無きの狀ある靑年を見たることありや。是れぞ即ち『書生』なる。彼は九地を小とし、九天を低しとす。宇宙人生に關する自說を編み、空中樓閣に住して、玄々の妙諦を餌食とし、眼に野心の火あり、心は知識に渴す。貧窮は唯だ彼を驅迫するの一刺戟たるべく、其の富貴利達を見るや、以て品格の桎梏となす。彼は忠義の念、愛國の情の寳庫なり。彼は國家名譽の衞護たるを自任す。其德質、其缺點を擧げて、彼は武士道最後の零片なり。

 武士道の効驗は、其根蔕逈かに遠く、又た强大なりと雖、旣に云へるが如く、其感化は無意識にして、且つ冥々默々の間に存す。國民の心情は、一旦其遺傳せる感念に訴へらる