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が爲に尙ほ燃灼す。番頭小僧は一日の業務を終へ、店頭の扉を鎖せば、膝を交へて信長、秀吉の物語に時を移し、睡魔の倦眼を襲ひ來るや、彼等を誘ひ、日夕牙籌の辛勞を忘れて、夢に戰塲の功名に馳驅せしむ。細步蹣跚たる孩兒も、啞々として桃太郞鬼ケ島征伐の昔噺を誦することを學び、女兒亦た武邊の偉功美德を慕ふを知り、かのデスデモナと共に、其耳はさむらひの物語を貪食して更に饜くこと無かりき。

 武士は日本民族の理想ボウ、イデアルとなりたり。俚謠に歌ふ、『花は櫻に、人は武士』と。武家の階級は賈販の業を禁遏せられたるよりして、商業の進步に資する所無かりしと雖、凡そ人生活動の流域、思想の徑路は一として多少武士道の刺戟を蒙らざるは無く、知識上、道德上の日本は、直接又た間接に武