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 歐洲武士時代の盛世に於けるも、騎士ナイトは、其數、人民の小部分を成すに過ぎざりき。然れどもエマソンの云へるが如く、『英國文學に於けるや、サア、フイリツプ、シドニー以降、サア、ウオルター、スコツトに至るまで、半數の戱曲と、凡百の小說とは、即ち此人格(紳士ゼントルマン)を描寫せり』。而して若しシドニー及びスコツトに代ふるに、近松、馬琴の名を以てせんか、日本文學史の特色は、乃ち一目瞭然たるものあらん。

 庶人に娛樂を供し、敎訓を與ふべき諸多の方法――演劇、講釋、說敎、淨瑠璃、小說等の如き――は、其主題を武士譚に採るものなりき。農夫は白屋の裡、爐火を圍んで、義經、辨慶の功勳、曾我兄弟の仇討を反覆して厭ふこと無し。黎面の頑童は茫然口を開き、耳を欹てゝ、薪火旣に盡くとも心頭此れ