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る日本の士人は俯伏し仆れて死すべきものなりとせり。善三郞ジト思入ありて、前なる短刀を確かと取り上げ、嬉しげに、さも愛着するばかりに打眺めて、暫くは最期の觀念を凝らすよと見えしが、やがて左の腹を深く刺して、徐かに右に引廻し、又た元に返して、少しく切り上げたるは凄ましとも、痛ましかりける次第なり。されど善三郞が顏は、絲一筋だも戰かず、かくて短刀を引拔きつ、頸を差し伸べたる時、苦痛の色の初めて其顏にほのめきたれど、少しも音聲に現はれず。此時まで側に踞りて、善三郞の一擧一動を目じろきもせず打守りゐたる介錯は、やをら立ち上り、大刀を空に揮上げたり。秋水一閃、物悽き音、鞺と仆るゝ響、一擊の下に首體忽ち其處を異にせり。