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手によりて死すべし』と云へるものなり。自殺とは、單に自己の手に依りて死するの謂なりとせば、ソクラテスは明かに自殺を行ひたるものに非らずや。されど世は彼を譴むるに自殺を以てするを欲せず。又た自殺を忌みたるプラトーは、其師を目するに自殺者を以てせざりき。

 讀者は旣に切腹の單に自殺の行爲に非ざるを認めたるべし。切腹は律法並に禮法の制度なりき。切腹は中世紀に創まりて、武士が、罪を贖ひ、過を謝し、耻を免れ、友に償ひ、又た自家の誠實を表明するの作法なりき。此れを刑罰として人に加ふるには、必らず之に適する莊重なる儀式ありき。切腹は自殺の粹美リフアインメントなり。感情冷靜、體度沈重なるに非らざるよりは、人能く之を行ふを得ず。かるが故に、切腹は特に