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本士人の耳は、烏合の聽衆に向つて、最も靈奧なる言語、最も秘密なる情念の實驗を吐露するを聞くことを厭ふ。『汝の靈魂の土壤よりして、溫爽なる思想の微動するを感ぜんか、これ即ち種子の發芽する時なり。語りて之を妨ぐること勿れ、靜かに、秘かに之をして其成育を得しめよ』とは、實に一靑年士人の其日記に記したる所なり。

 巧言麗辭を弄して、己が衷心に存するもの、殊に宗敎的なる思想感情を縷叙すること、吾人は寧ろ之を認めて、其思想感情の幽深ならず、又た誠實ならざるを確證するものなりとす。『口開いて膓見ゆる柘榴かな』。此輩は正に呆然口を開いて心情の量を暴露する柘榴なり。

 吾人が感情の發動するに當り、却つて之を隱蔽せんが爲