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り、本能性なり、又た避くべからざるものなりとす。されば人若し我が自然の愛(禽獸すら猶ほ是れあり)を以て愛するものゝ爲に死すとも、何かあらん。經に曰はずや、『爾曹己を愛する者を愛するは、何の報酬かあらん、稅吏も然かせざらんや』と。

 平家物語の作者は小松內府の父淸盛の暴虐を憂ふるの條に至り、惻然として、『悲しきかな、君の御爲に、奉公の忠を致さんとすれば、迷盧八萬の巓よりも猶ほ高き、父の恩忽ちに忘れんとす。いたましきかな、不孝の罪を遁れんとすれば、君の御爲には旣に不忠の逆臣ともなりぬべし、進退是谷れり』と歎ぜり。哀れむべし重盛、彼れ後、靈性の誠を披いて、死を天に祈り、純潔正義の宿するに難き此塵世を出離せん