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 武士は耻を恐るゝこと甚だしきものありき。我國文學は、沙翁がノーフオルクの口に上ぼせたるが如き雄辯なる詞句を有せざれど、猶ほ耻を恐るゝの念は武士の頭上に懸れるダモクリーズの劍なりき。然り恥を恐るゝは大に可なり、されど其の過ぐるや、徃々病的なる性質を帶ぶることなきにあらず。名譽の名の下に、武士道の許さゞる非行を犯すことあり、躁急火性の慢心者が、微細の汚辱を受くるにより、或は耻ならざるを耻となすによりて、赫怒一番、即ち刀を按じ、無益の爭鬪を釀し、因つて無辜を殺すことも尠からざりき。俗話に傳ふ、善意の町人が、侍の背に蚤の飛べるを吿げたれば、蚤は畜生に沸く蟲なり、尊貴の武士を畜生視するは無禮至極なりとの、簡單奇怪の理由を以て、忽ち彼を一