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の然らしむる所なりとして不問に附するものなり。此慣習に接せる外人は皆、其際妥當の答をなすに窮することを自白せん。今夫れ人の他に物を贈るや、米國にては其物品を賞揚し、日本にては之を輕んじ賤しむ。米國人の意は即ち『贈る所の物品は貴し。若し貴からずは、爭でか君に贈らんや。貴からざるを取りて、君に贈るは、君を辱しむる所以なり』と云ふにあり。之に反し日本人の論法は、即ち『君は貴し、何等の物も君に於て貴きをなさず。君の唯だ予が一片の誠意を領するに非ずんば、爭でか予の足下に献ずる物を受納せんや。されば此物の價を受けずして、予の寸志を納れよ。最佳の贈品なりとも、之を以て君に贈るに佳しとするは、君を侮る所以なり』と云ふに在り。此の二思想