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 最も簡易の事物と雖、亦た之を以て技藝となし、且つ精神修養の道となすを得べし。即ち例せば、茶の湯の如き是なり。或は茶を啜るも亦た美術の一端なるかと嗤ふものあらん。されど兒童の砂上に畵き、蠻人の岩石に刻むは、即ちラハアエルを出し、マイケル、アンゼロを生むの約束なりき。然るを况んや印度の隱者が、脫世間の冥想より生ぜる、喫茶の進みて、宗敎及び道德の侍女たる能はざるの理あらんや。心情の恬淡、擧止の平靜なるは、茶の湯の第一義にして、又た正念正覺の第一要件なり。飽くまで淸らかなる小室は、浮世の擾がしきを許さず、旣に思を塵外に誘ふに足るものあり。又た裸々たる室內は、西洋の客室の、無數の繪畵雜品を陳ねて、目を眩するに似ず。壁間の一軸は、著想の雅なるを