コンテンツにスキップ

Page:Bushido.pdf/101

提供:Wikisource
このページは検証済みです

ふの愚に比するに、予は、遽に其優劣を判ずるに苦しむものなり。然るに予は彼の流行すらも、猶ほ之を目して、虛榮の癖好なりとせざるのみならず、反つて之を認めて、人心の斷えず美を慕ふ所以なりとす。されば何すれぞ纎巧なる儀禮を以て全く取るに足らずとせんや。盖し儀禮は一の結果を得んが爲、多年の實驗より生じたる最も適切なる方式なり。玆に一事あり、之を爲すに、必ずや最良の方法なるものなくんばあらず、而して、其の最良の方法は、最も經濟に合して、又た最も優美なるものならざるべからず。スペンサー氏は優美の定義を下して、動作の最も經濟的なる方法と云ふ。茶道の法とは茶碗、茶匙、帛紗等を用ふるの定式なり。其法たる初心の輩には、或は倦厭を來すべしと雖、少しく斯