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とあざければ、鶴甚無念に思ひて、いか樣にも此返報をせばやとおもひて歸りしが、やゝ程を經て、つる件の狐に逢ひて云樣、われ只今珍敷食物をまうけたり、來りて食し給へかしとすゝめければ、狐すはや先度の返報かとて、つるの宅所に至りけり、其時鶴、口のほそき入物に、匂能くい物を入て、狐の前に置侍りければ、狐これを見るよりも、このましく思て、入物のまわりを、かなたこなたへまわりけれ共、かなはざるを、つるおかしの有樣や、扨も御邊は愚成人かな、只今めしの時分成に、何とてまいおどられけるぞ、くいはたしてこそまはんずれ、いで喰樣を敎んとて、件の口ばしをさしのべて、とくと食つくし侍れば、狐面目を失て立去ぬ、其如く、みだりに人をあなどれば、人またをのれをあなどるべし、人をねんごろにせば、人またわれをあはれむもの也、是によつて、いか程もあなづらるゝ共、われは人をあなどることなかれ、たとひ愚にする共、へりくだりてしたがはんにはしかじとぞみえける、

第三十三 三人よき中の事

或人、三人の知音を持けり、一人をば我身よりも大切に思ふ人也、今一人はわれとひとしく思ふ也、今一人は其次也、此三人と常に友なふ事年久し、有時身に難儀出來時、此知音の本に行て、助成をかうむらんとす、先わが難儀を助給へと申ければ、詮方なしとて聊も助ず、われとひとしく思ふ人の本に行て、我難儀助給へといへば、わが身もまぎらはしき事あれば、えこそ助奉るまじけれ、糺して門外迄は御供をこそ申べけれとばかり也、又其次に思ひける知音の本に行て申けるは、われ常に申通ぜずして、今更わが身にかなしきことの有とて、申ことはいかばかりなれ共、我今大事の難儀有、助給へかしと申ければ、知音申けるは、仰の如く常にしたしくはし給はね共、さすが知侍りたる人なれば、たゞしての御前にて、方人こそ成侍らめと云て出ぬ、其ごとく、わが身の難儀とは臨終のこと也、わがみより大切に思ひ過したる友とは、財寶のこと也、我身とひとしく思ふ友とは、妻子けんぞくのこと也、其次に思ふ友とはわが成よきやう也、然ば命終らん時、我財寶に助けんといはゞ、いかでかは助べき、却つて仇とこそ見えたれ、妻子けんぞくをたのめばとて、いかでかは助かるべき、却てこれを以て、臨終