うするの論、五に曰く陣を擧げ刑を加ふるの論、此の五者先づ敵を料つて後動く、是を以て虛を擊ちて之れを奪ふなり。善く兵を用ふる者は能く人を奪ひて人に奪はれず、奪ふは心の機なり、令は衆心を一にするなり、衆審かならざれば則ち數變ず、數變ずれば則ち令出づと雖も衆信ぜず、故に之れを令するの決法、小過は更むる勿れ、小疑は申ぶる勿れ、故に上、疑令なくば則ち衆二聽せず、動くこと疑事なくば則ち衆二志せず、未だ其の心を信ぜずして能く其の力を得る者あらざるなり、未だ其の力を得ずして能く其の死戰を致す者あらざるなり。故に國必ず禮信親愛の義あらば則ち飢を以て飽に易ふべし。國必ず孝慈廉恥の俗あらば則ち死を以て生に易ふべし。古は民を率ゐるに必ず禮信を先にして爵祿を後にす、廉恥を先にして刑罰を後にす、親愛を先きにして後ち其の身を律ふ。故に戰は必ず身を率ゐて以て衆士を勵ますを本とすること心の四支を使ふが如し。志勵まさゞれば則ち士節に死せず、士節に死せざれば則ち衆戰はず。士を勵ますの道は、民の生厚うせずばあるべからざるなり。爵列の等、死喪の親、民の營む所は顯はさずんばあるべからず。必ずや民の生まるゝ所に因つて之れを制し、民の營む所に因つて之れを顯はす、田祿の實、飮食の親、鄕里相勸め、死喪相救ひ、兵役相從ふ、是れ民の勵ます所なり。什伍をして親戚の如くならしめ、卒伯をして朋友の如くならしめ、止まること堵墻の如く、動くこと風雨の