Page:祓除と貨幣の関係.pdf/3

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被れる債務(同)を決濟することを總べ稱して波良比ハラヒと申したものと見て差支ない樣であります。書紀の一書に『自爾以來。世諱着笠蓑以入他人屋內。又諱負束草以入他人家內。有犯之者。必債解除。此太古之遣法也』とありまして、飯田武鄕氏は必債解除の一句を說明して『物をイタして贖はする法有つる也、(略)令集解に債徵財也とありて、今も云語なり』と申して居られます。即ち罪犯も汚穢も共に一の債務 Schuldigkeit であつて波良比の法によつて之を濟す習俗となつて居つたことと考へられます〈本居氏記傳九の二、『穢は即罪なり、罪は穢なること前の阿波岐原に云へると併せ考ふべし云々』とあり。〉

若し右の愚考が太過なきものと致しますれば、祓除なる習俗は我邦上古の宗敎的硏究に重要な一事たるのみならず、また經濟史の硏究上にも甚だ肝要にして看過す可からざる事柄かと考へらるゝのであります。波良比は元と罪と穢をはらふと云ふ義に用られ、延て一切の債務を決濟する支拂のことをも言ひ、祓具ハラヘツモノ贖罪の料の意より及んで仕拂の要具の事となつたとすれば、同時に罪を贖ふ『アガフ』と物を購ふ『アガフ』との間にも何等かの關係があるのではないかとの考を惹起さしむるのであります。即ち橫山氏が祓物を出すこと交易の一起源ならんと申されたは餘程卓見であるかと思ふのであります。


續經濟學硏究 第二篇 經濟史雜考 一七一