極楽を。直に見たる。お比丘尼様よ。ありがたの人や
とて。敬ひほめそやされば。本より愚癡の女人成
ゆへ。我身のほどをもかゑりみず。鼻の下ほゝめ
いて。あらぬ事をも。いゝちらし。少〻地獄極楽にて。見
ぬ事までのうそをつき。人の心をとらかし信施
はかず〳〵身につみて。富貴栄花にくらすならば
厭離の心は出まじぞや。たま〳〵後世を思ふ時
は。我が身一たび極楽へ参り。菩薩達に直に
約束し置ぬれは。往生に疑ひなしと。後の世お
そるゝ心もなく。三毒の引にまかせ。身のゆたか
なるまゝに。けだい破戒の者ともなり。慚愧懺悔
の心もなくは。决定堕獄の人と成べし。此事猶も疑はゝ。
現に世間の人を見よ。或は富士山湯殿山其外白山
立山などにて。地獄や極楽の有様を。此身ながらて
見し者も。家に帰りてほど經ればいつの間にか忘れはて
あらぬ心も起りつゝ。地獄の業をも造るぞや。是も三
毒具足ゆへ。定めなき凡夫の習ひ也。いわれぬ出家を
好みつゝ。破戒念佛の機となりて下中品に降らんより
在家十悪の念佛にて。下上品に昇りたまへ。かならず
〳〵お菊どの。比丘尼好みをしたまふなと。いとねんころに教
へ給へば。名主年寄を始として皆〻道理につめられ。菊が比
丘尼はやめてけり。爾ばせめての御事に血脈なり共授け