後世たすかれ。さて〳〵名誉の女哉と有し時。名主其
御詞に取付申上るは。尊意のごとく菊も何とぞ
念佛相續のため比丘尼を願ひ候故。拙者共も
かやう〳〵まで。祐天和尚へ申入候へ共。何と思召やらん
一圓御承引なく候。あわれ願は尊前の御意を以
て。菊が剃髪の儀仰渡され候はゝ。かたじけなくこそ
候はめと申上れば。方丈つく〳〵聞しめされ仰せらるゝ
は。いか様冥土より妙槃といふ名まて付來りし
ものを。出家無用といふは。何とぞ彼ものゝ所存ある
らんかとかく此事におゐては我がいろふ所にあらず
たゝ祐天次第にせよと仰せらるゝ時。みな〳〵畏て
御前を立さり。又顕誉上人の寮に來りて。名主和
尚に向て申やう。只今方丈様にて。きくが出家の事
申上候へば。あなたにも御不審げに仰られ候。何とて剃
髪をゆるしたまわず候や。御所存いかにと尋ぬれ
ば。和尚のたまはく。此者を俗にておき。子孫も
ながくつゞくならば。末の世までのよき見せしめ
永代の利益何事か是にしかんと有ければ。名主
が云やう近比憚り多き申事に候へ共。只今の
仰せは。ひとへに貴僧私の御料簡さし當ては。きく
をめぐみ給はず。別しては佛菩薩の仰せを背き
給ふ所有。そのゆへは。すでに菊浄土にまいりし時