Page:死霊解脱物語聞書.pdf/54

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經尺きやうしやくに見へけるぞや。是ぞはじめの事ならんと。見るに 心もしのびす。かたるに言葉ことばもなかるべしと。あきれはてゝ ぞおわしけるいかなるつみのむくひにて。さやうの苦痛くつうを うけしぞと。つたへ聞さへあるものを。ましてそのに居給ひ て。まのあたり見られし人〻の心の内。さぞやと思ひはかられ て。ふでのたてどもわきまへず。其時名主なぬしこらへかね。和尚 に向ていふやう。ひらに十念じうねんさづけ給ひ。はやいとま をとらせ給へといふに。和尚の給わく何としてさはいそぐぞ とのたまへば。名主がいわく和尚は御心つよし。我〻 はかゝる苦患くげんを見候ひては。きもたましゐもうせはつる 心地して。中たへがたく候ふといへば。和尚おしやうの給わく。さのみ 機遣きづかいしたまふな名主なぬし殿。何ほどにくるしむとも。めたと するものにあらず。さて此せめるものは。しかとかさねと申か 又何ののぞみ有てきたれりと申かと問たまへば。名主こたへ ていわくされば今朝けさより。いろたづね候へ共。一ことも物 は申さず只ひらぜめにて候といふ時。和尚おしやう扨こそまづ 其相手あいてを聞さだめ。子細しさいをよくといきわめずは。十 ねんさづくまじとて。きくがみゝのもとにより。なんぢきく か累なるか。また何のために來るそや。我は祐天ゆうてんなる が見しりたるかと。高聲かうしやうに二こゑ三声すきまあらせで 問給ふに。苦痛くつうは少しやみけれども。有無うむの返事はなか りけり。しばらく有りてまた右のごとく問たまえへば。たま