の經尺に見へけるぞや。是ぞ始めの事ならんと。見るに
心も忍びす。かたるに言葉もなかるべしと。あきれはてゝ
ぞおわしけるいかなるつみのむくひにて。さやうの苦痛を
うけしぞと。傳へ聞さへあるものを。ましてその座に居給ひ
て。まのあたり見られし人〻の心の内。さぞやと思ひはかられ
て。筆のたてどもわきまへず。其時名主こらへかね。和尚
に向ていふやう。ひらに十念を授け給ひ。はや〳〵いとま
をとらせ給へといふに。和尚の給わく何としてさは急ぐぞ
とのたまへば。名主がいわく和尚は御心つよし。我〻
はかゝる苦患を見候ひては。きもたましゐもうせはつる
心地して。中〳〵たへがたく候ふといへば。和尚の給わく。さのみ
機遣したまふな名主殿。何ほどに苦むとも。めたと
死するものにあらず。さて此責るものは。しかと累と申か
又何の望有て來れりと申かと問たまへば。名主答へ
ていわくされば今朝より。いろ〳〵たづね候へ共。一言も物
は申さず只ひらぜめにて候といふ時。和尚扨こそまづ
其相手を聞さだめ。子細をよく〳〵問きわめずは。十
念は授くまじとて。きくが耳のもとにより。汝は菊
か累なるか。また何のために來るそや。我は祐天なる
が見しりたるかと。高聲に二声三声すきまあらせで
問給ふに。苦痛は少しやみけれども。有無の返事はなか
りけり。しばらく有りてまた右のごとく問たまえへば。目の玉