疑心名利の失有て。吊ふ人のあやまりならんか。我佛
説に眼をさらし。諸人にこれを教ふといへども。皆經論
の傳説にて。直に現證を顕す事なし。善哉やこの
次てに。經巻陀羅尼の徳をもためし。そのうへには
我宗秘賾の。本願念仏の功徳をもこゝろみんもし
それ持經密呪のしるべもなく。また證誠の実言
虚して。称名の大利も顕はれず。菊が苦痛もやま
ずんば。二度三衣は着せじものをと。ひかふる衆をふり
すて。守り本尊懐中し。行脚衣取て打かけ。門外
さして出給ふは。常の人とは見えずとぞ。さて門前に
居られたる。衆僧に向て宣ふは六人は帰り。権兵衛
一人は。我を案内して累が所につれ行けとあれば。六
僧のいわく。我〻も御供申行んといふに。和尚のたま
わく。いなとよ自分はふかき所存有故に覚悟して
行也。汝等は止まれとあれは。意専のいわく。貴僧は
何とも覚悟して行たまへ。我〻は只見物にまからん
といわれしを。和尚打ほゝゑみ給ひ。尤〻いざさらば
とて。以上八人の連衆にて。羽生村さして行たまふ
いそぐにほどなく行つき。彼家を見たまへば。茅茨
くづれては。日月霜露ももるべく垣壁破れては
狼狗嵐風も凌ぎがたきに。土間にはおとるふるむし
ろの。目ごとにしげき蚤蝨。尻ざしすべきやうもなく。各〻