いわくおろかにもとわせ給ふものかな。縦ひ百千の起立塔像も。もし功徳の淺深を論ぜば。何そ一念の称名に及ばんや。しかるに今石仏を乞もとむるにはいろ〳〵の子細有。先一つには村中の人〻昼夜を分たず。我を介抱し。其上大念佛を興行して我に与へたまふ報恩のため二には往來遠近の道俗。當村に來り彼の石佛を拝見して。因果の道理を信し。称名懺悔せば。是すなわち永き結縁利益と思ふ。三にはかゝる衆善の因縁により。廣く念佛の功徳を受て。すみやかに成仏得脱せん事をねかふゆへにふたゝび爰に來れりといへば。名主又問ていわく。後の二義はさもあらんか。初の一義につゐて。大きにふしんあり凡そ恩を報ずといふは。親の恩国主の恩。主の恩。衆生の恩是皆報すべき重恩なり。しかるに汝來てきくを責れば。親の与右衛門甚以めいわくす。さてこそきくは大不孝ものよ是はこれ汝が与ふる不孝なれば親の報恩にそむけり次に国主の恩にそむく事は。一夫耕ざれば其国飢を受け。一婦織ざれば其国寒を受る。されば民一人にても飢寒の憂を蒙る事。尤國主のいたむ所也しかるに汝菊をなやますゆへに。村中の男女紡績〔うみつむく〕のいとなみをわすれ。稼穡〔うへかる〕のはたらきをとゞめて。昼夜此事に隙をついやす。豈是飢寒のもとひにあらずや。さあ