マカリオス50の霊的講話
<< 王家の貴重な真珠は王家の血筋に生まれた者だけが身につけることができるように、天の真珠は神の子だけが身につけることができる。 >>
1. 王冠に嵌め込まれる大きくて貴重な王家の真珠は王のみに属し、王だけがこれらの真珠を身につけることができ、他の者は誰もそのような真珠を身につけることは許されません。ですから、王家の神聖な霊から生まれ、天上の王家の血統を受け継ぎ、神の子とならない限り、聖書に「彼を受け入れた者には、神の子となる権能をお与えになった」(ヨハネ1章12節)とあるように、王の子とならない限り、天上の貴重な真珠、この光の像、言い表せない光、すなわち主を身につけることはできません。なぜなら、これらの真珠を所有し身につける者は、キリストと共に永遠に生き、統治するからです。使徒はこう言っています。「わたしたちは地上の像を着るように、天上の像も着るであろう」(コリント第一15章49節)。
2. 馬は森で野生動物と共に草を食んでいる間は、人間には手に負えない。捕獲されると、重い手綱をつけられ、優雅にまっすぐ歩けるようになるまで調教される。その後、熟練した騎手が馬を訓練し、戦闘に適した馬にする。そして、胸当てと兜といった鎧を着せ、以前つけていた手綱を馬の目の前で振り回して慣れさせ、怖がらせないようにする。このように訓練された馬は、慣れていない限り戦争には使えない。しかし、一度戦闘に慣れると、戦闘の音を察知し聞くとすぐに敵を攻撃し、その嘶きさえも敵に恐怖を与えるようになる。
3. 同様に、魂は罪を犯して以来、荒れ狂い、不従順になり、世の荒野で野獣、すなわち悪霊に近づき、罪に仕え続けます。しかし、神の言葉を聞いて信じると、聖霊によって手綱を引かれ、荒れ狂う性質と肉の知恵を捨て、騎手であるキリストに導かれます。そして、魂は悲しみ、謙遜、苦悩に至ります。これは魂の試練に必要なことであり、聖霊が徐々に魂を飼いならし、魂の中の罪を徐々に貧しくし、根絶するためです。こうして、魂は義の胸当て、救いの兜、信仰の盾を身にまとい、聖霊の剣を受け、敵と戦うことを学び、主の聖霊によって武装して、悪霊と戦い、悪魔の燃える矢を消し止めます。しかし、霊的な武器がなければ、魂は軍隊に加わりません。魂はなんと速やかに主の武具を身に着けることでしょう。激しい戦いを耳にし、感じるやいななきながら、ヨブが言うように(ヨブ記39章25節)、魂は飛び跳ね、いななきながら進み出ます。なぜなら、その魂の祈りの声によって敵は倒れるからです。このような偉業を成し遂げ、聖霊の助けによって戦いに勝利したその魂は、大きな勇気をもって勝利の冠を受け、天の王と共に安息を得るでしょう。永遠に栄光と支配が主にありますように。アーメン。
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